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過去からの抵抗

戦前戦中・敗戦直後の人々の反戦・不敬発言を紹介。

1937年9月分 反戦・不敬発言傑作選  41事例

事変も激しさを増し、戦死者の知らせも出始めた頃。

発言者の職業などに注目して読んでみたらどうでしょう。

 

事変に対する左翼分子の策動

 

1

神奈川県 反戦的言動  国府津駅連結手 飯山正章 (24)

八月二十八日午前五時頃神奈川県平塚駅前に於て

「今度の戦争は日本は敗けだぞ、君等は幾等一生懸命になって兵隊を見送っても敗北だから無駄だ」

と連呼し更に同駅前に於て出征兵士見送者三、四十名に向かい同様の言辞を弄す。

(検束取調べたるに泥酔し居り思想的傾向なきを以て拘留処分に付す(十日))

 

※泥酔していると処分が軽くなる例は幾つかある。

 

福島県 反戦的言動 福島県浅川町米穀商 白坂カネ (62)

 八月二十五日自己の長男多三郎の出征挨拶の為来訪せる浅川町役場書記野口數理に対し

「私等の如きものが一人息子を召集されては今後の生活に困るから税金は納めぬ」

云々との言辞を弄したるため町内一般より非難せらる。

(興奮の結果の言動なりしを以て戒飭に止む)

 

熊本県 反戦言動 熊本市鹽屋町大日本護国軍熊本団幹部 中島進

七月二十八日出征兵士送別会席上その他に於て

支那を武力に依って征服しても今のままでは日本国が将来に於て内部より崩壊する恐れがある現在の日支戦争は資本主義同志の戦争であって、我々とは何の関係もない、俺が戦争に召集されたら上官と喧嘩してやる、鉄砲の筒先は敵ばかりに向かっていない、後方に向って打ち殺す場合がある、召集された兵士は町人や農民で純真な者ばかりであるから俺の言う様になる、それを利用すれば如何様(叛乱を意味す)にも成る、北支事変で死ぬのは馬鹿だ生きて帰らなければならぬ、兵士が戦死すれば一千二百円貰えるが女郎よりも安価なり、満州事変の際二個中隊が事変半にして原隊に帰還せしめられた、それは中隊長が共産党員であったと言うことである」

等と反戦言辞を弄したる事実あり。

(八月三日検束取調中なるが本年三月頃より左翼出版物を閲覧研究し共産主義分子と往来する等漸次左翼に再転向したるものなり 十月四日陸軍刑法第九十九条違反として送局)

 

4

群馬県 反戦的言動 佐波郡殖蓮村村長 大木種蔵

八月二十七日役場樓上に於て郷軍役員、村議、小学校教員等三十五名出席出征軍人壮行会を開催したる席上

「今度の動員は度々行われ又多数の充員があったので驚いた、又予想以外補充兵を充員するのだから驚き入るばかりだ、これ以上動員があっては困却する、あまり動員すると地方産業の伸長に多大の損害があるからである云々」

と述べたる為郷軍幹部より問責せられたり。 

(戒告)

 

5

群馬県 反軍的言動  碓氷郡磯部町 土工 栗原瀧次郎 (36)

八月二十一日飲酒泥酔の上平素確執ある隣家藤巻静男方に至り

「出征兵士を送るとか何だとかこの騒ぎをしてたまるか、兵士は我々から餞別を貰ったり送られたりして運良く帰れば勲章を貰ったり金を貰ったりして裕福になっている者がある、俺等は毎日汗を流して土方をしても一日八、九十銭にしかならぬ云々」

と反軍的口吻を洩す。

(戒告)

 

6

高知県 反戦的言動  社大高知支部連合会会長 代議士 佐竹晴記

八月十四日数名に対し

支那との戦争は多大の費用を要するものであってその費用は我々代議士が議会に於て尽力し予算を取るものであるが今仮に二十億の予算を取るとするも戦争の費用は一ヶ月五億円を要するが故に二十億は四ヶ月で費消するを以てその時期に至れば我国は財政的に行詰ることになる、古来歴史を見ても敗戦国が亡びたと言うことはなく現に独逸も再興している、ナポレオンは戦争には勝ったが亡びたではないか云々」

反戦的言辞を弄したる事実あり。

特高課長に於て戒告)

 

7

山形県 反戦的言動 予備歩兵一等兵 沼澤重次郎

八月三十一日山形歩兵第三十二連隊に応召入隊したるが出発にあたり居村駐在巡査に対し

「召集されるよりは監獄にいた方がよかった召集されて行ったら露西亜に逃亡する云々」

との言辞を弄せり。

(所属連隊長及所轄憲兵隊長に通報)

 

8

高知県 反戦的言動 社大党員 山中勇三郎

八月二十六日高知市役所宮本教育課長が本名宅を訪問し、本名の弟良吉が国家の為戦死せりとの公電ありたる旨伝達し弔辞を述べたるに対し

「私は弟が御国の為に死んだものとは思わぬ、資本家地主の為の戦争で死んだもので、私は資本家地主を恨む云々」

と述べたる事実あり。 

(本人平素の言動より反戦思想の現れと認めるも弟戦死し日浅き為適当の機会に訓戒の予定)

 

9

山口県 兵士非難の投書

八月二十九日山口連隊区司令部宛宿舎兵の行動を非難したる左記内容の投書ありたり。 

「大至急御願申上げます兵士の町宿に当りまして実に困却して居ります、ビールを一日に三、四本もあけられ寝床の上げ下ろしお膳の持ち運びあまつさえ不埒極まる行為までせられまして誠にこの上なく兵士なればこそ泣寝入りの有様実に我々を苦しめる兵士一日と言わず一時間も早く出動出来る様御手配下され度切に祈上げます皆どれだけ苦しめられているか御推察願上げます。   困る家

 

※修学旅行生より態度の酷い兵隊たち。流石に特高もどうすべきか迷ったのか、処置の記載は無かった(空白 )。

 

10

静岡県 反戦的ラヂオ放送

 八月三日午後十一時五分より十分間左記内容の反戦的ラヂオ放送を聴取したるものあり。 

「日本の兵隊さん達何故あんた方は支那と戦争しなければならぬか、そして東洋人種の同胞なる支那人を殺傷せねばならぬかご存知ですかあなた方が戦争して受ける利益は何ですか、日清戦争の結果を考えて御覧なさい、又は日露戦争の結果を考えて御覧なさい、日本の得た利益は何も無いではないですか、今度の支那との戦争の結果も同じことで一、二軍閥の利益と特権階級の一部の利益をもたらすのみに過ぎないのです、しかもこの反動として経済界は逼迫し民衆の生活は更に深刻になるのみに過ぎません日本の兵隊さん達よあなた方の故国には両親も居るでしょう、その人達は一刻も早くあなた方の帰りを待ち詫びています、早く銃を捨てて国に帰るようにしなさい。

(日本語による放送なるもあくせんと等よりして南京政府に於て為したるものに非ざるやとも認めらる、が時節柄極力内偵中)

 

※戦前の日本にも海賊放送があった様だ。

 

11

群馬県 反戦言動 桐生市芳町社大党員 清水金造 (30)

八月十一日山田郡相生村貯水池工事場に於て人夫小林豊外四名に対し

「日支事変は我国の侵略的領土欲に依るもので、利するは「ブルジヨア」のみである、故に我々労働者は戦争に反対せねばならぬ、戦争が永引けば永引く程我々の生活は困窮する、ソ連は全世界の資本家国家を相手にしているので軍備は世界一であり、軍事費も多額であるが労働者や農民は安楽の生活をしている云々」

反戦言辞を弄す。

(始末書を呈し厳重戒飾)

 

12

京都府 反軍的言動 京都市左京区梅津北町 小作農 小山活三郎 (38)

 過般馬糧乾草等の徴発ありたるに拒否的態度に出で町内の反感を買いつつありたる際偶々町内よりの出征者あるに當り

「出征軍人を万歳万歳と言うて見送って居るが兵隊さんも金儲けではないか、軍務公用者や輸卒の如きはぼろい儲になるのだ自分も忙いので見送りなんかして居られん」

との言辞を弄し出征兵士の見送りを為さず。

(検束厳諭)

 

13

新潟県 反戦的言動 佐渡郡新穂村応召兵 本間 泰 (26)

八月三十日応召出発に先立ち村内神社境内に於て字民百四、五十名集合戦勝祈願を為したる際之が答辞として歓送者一同に対し

「私はこの様に皆様から盛大な歓送を受けて誠に感激に堪えません、斯くてこそ始めて我々は意を強くして戦地へ赴き華々しく戦死しても何等心残りは無い、しかしながら我々が血を流し悪戦苦闘して獲得した権益たるや皆様の為には少しもならず、いずれも資本家財閥の利潤となるのみである、銃後に於けるは皆様この点に深く留意して権益擁護に当って貰いたい」

と述べたる事実あり。

(所轄憲兵隊へ通報)

 

14

島根県 反軍的言動 美濃郡吉田町 左官職 中島房次郎 (34)

 八月七日吉田町中吉田原部落総会(出席者十四、五名)の席上に於て出征軍人遺家族の救済に関し部落長より各戸一人ずつ田の草取その他耕作に労力奉仕を為さんと提議したるに対し

「自分は応召軍人の家族に対し田の草取なんか手伝する等は嫌である、同人等が出征して帰れば金の二百円位は貰えるのであるから、あたかも金儲に行って居る様なものだ、自分でも召集があれば何時でも行く」

と称し該労力奉仕に参加せず。

(厳重戒飾始末書を徴す)

 

15

埼玉県 反戦的落書

川越市字松江町五一九桊馬造方前道路公設掲示板(九月二日川越市役所に於て掲示したる銃後の後援に関するポスター)に万年筆を以て

「日本撲滅」

と落書しあるを九月八日発見す。

(捜査中)

 

16

愛知県 反戦的言動 豊橋市山田町 青物商 河合七郎 (47)

八月十日以後数回に渡り友人八木徳太郎外出征兵士見送人数名に対し

「今度の戦争は大資本家擁護の戦争で貧乏人の我々はどうでもよい戦争だ、それだのに戦争に出るのは貧乏人ばかりだから気の毒である、貧乏人はどうせ働かねば食えないのだから戦争に負けて支那の国になろうが構わない云々」

反戦的言辞を流布す。

(拘留五日に処す)

 

17

愛知県 反戦的言動 豊橋市藤並町 大工業 八木徳太郎 (39)

八月十日前記河合七郎より反戦的流言を聞知しこれを出征兵士見送人数名に流布す。(内容前述に同じ)

(厳重説諭)

 

18

静岡県 演劇台詞中の反戦的言辞 宮本日向の引率する俳優 酒井龍之助 一行

九月四日、五日静岡県田方郡田中村所在大仁座に於て上演せる軍事劇「新召集令」並「暁の爆撃機」と題する演劇中左の如き反戦的台詞を使用せり。 

1 新召集令  軍籍にある者と高利貸との対面の場に於て高利貸の台詞中「お前は軍籍にある体だろうこの度の事変で毎日毎日召集されて軍籍にある者は召集されて行く万歳万歳となー大体俺はあの万歳と送る奴の気が知れんのだ、何うせ、戦争に行けば生きて帰る奴はないんだ万歳万歳と叫ぶ代りに南無阿弥陀仏と念仏を唱えてやる方がましな位だ」。 

2 暁の爆撃機  劇の主人公休職陸軍中尉白川洋一は新鋭爆撃機の制作に没頭しようやくこれが完成を見て試験飛行に成功し病める愛児の病床に行き「お父さんはお前を今までかまってやることが出来なかったが今日からは本当にお前を幸福にしてやるぞ」と言って居る所へ召集令状が来たので「召集令が下りました、この病児を目前にして出征して行かなければならぬと思えば召集令が呪わしくなりました」。 

反戦的台詞の使用を厳禁し脚本中その部分の変更を命じ厳重訓戒の上誓約書を徴し釈放す)

 

19

高知県 皇軍の軍略非難 高岡郡佐川町後備海軍一等機関兵 大工職 山本敏義 (38)

高岡郡佐川町飲食店植田稻喜方に於て飲酒中

「和知部隊長は支那に十年も居って十分事情を知って居るに不拘、目茶苦茶な戦争をして居る、連絡なしの戦争をするので一個小隊が前方で全滅するのを知らなかったり、死なないでもよいものが死んだりする、こんな部隊長の部下になったら命が幾等あっても足らん云々」

と高聲にて放言す。

(故意なく泥酔の結果放言せること判明せるを以て厳重訓戒釈放す)

 

20

島根県 反戦的言動 東京市赤坂区青山南町 帝国秘密探偵社員 小林整 (35)

八月中旬頃能義郡安來町實業学校長に対し「自分は知己である海軍の主要な地位にある人から聞いたことであるが、今回の北支事変は軍の政策に出でたもので、無理に戦争をしなくともよかったのに軍の一部のものの主張により斯る結果に至ったと言う事である云々」と洩らせり。

(厳重訓戒)

 

21

島根県 反戦的言動 松江市大正町 元市議 福田利三郎 (34)

九月八日松江市役所に於て居合わせたる吏員及所轄署員に対し、

「戦争程不経済極まるものはない、自然我々大衆生活の保護も逐次剥奪されて行くと思う、排日侮日と言うが究極する所これは支那人として自然発生的に現れた所の行為である、支那にしてこの行為あるは当然である云々」

と洩す。

(厳重諭示行動警戒中)

 

22

警視庁 反戦落書

九月十二日午後四時頃東京市上野駅構内公衆便所男子用入口扉内側に万年筆にて

「戦争反対、帝国主義反対」

と落書しあるを発見す。

(捜査中)

 

23

石川県 国旗寄せ書 社大金沢支部 金沢一般労働組合 圓山定森 外数名

応召者二名(左翼分子)に対し国旗に寄書を為して寄贈したるがその寄せ書中特異のもの左の如し。 

一、太陽を背に(反逆者の意を含めたるもの) 

一、屍を越えて(赤旗の歌の一説) 

一、赤心奉公(赤心は左翼思想を風刺せるもの) 

一、鐡の如く(スターリンの言葉) 

(動静注意中)

 

24

福島県 反軍言動 石城郡兼島村 農 八代久 (40)

八月三十日午後七時五十分石城郡十名濱町より湯本町間の乗合自動車内に於て乗客が、支那事変に関し支那の暴戾を非難し、且陸軍の奮闘振りを賞賛したる所

「なに今度の事変は日本が悪いんだ其の内に日本が敗けて皆死んでしまう」

と放言したる為乗客より袋叩きにされたるが、傷害の程度に至らず遁走せり。

(検束取調べたるが幾分低脳且泥酔し居りて思想関係なきこと判明したるを以て厳戒釈放せり)

 

※低脳…。

 

25

石川県 出征兵士侮辱 金沢市堀川島場町 鈴木鐵工場見習工 出口良二 (18) 外三名

 九月九日午後八時頃工場裏通りを通過中の出征部隊に対し

「コラ父ッア等しっかりやって来い、家にはジヤーマ(妻)が首を長うして待っとるわい」

「ありや此親爺元気の無い奴やな」

と高唱したるため居合せたる一般歓送者等はこれに投石せんとするものあり、一方出征兵士に於ても極度に激昂し一時事態悪化せんとしたるも取締巡査の制止により辛じて事なきを得たり。

(厳重戒告)

 

26

栃木県 反戦言動 下都賀郡小山町 雑貨商 後備上等兵 柿沼修三 (34)

九月三日、十四日の二回に渡り下都賀郡穂積村柴山一郎及同村秋山彌太郎に対し

「俺が招集されたら友達四、五名と小山町で飲み、親戚廻り等しないで宇都宮に行って芸者をあげて遊ぶ、戦地に行ったら支那人もロシヤ人も俺と同じ境遇だから殺さない、鉄砲は上を向けて打ったり下を向けて打ったりして向こうの兵士はねらわず日本の兵隊を打って殺してやる云々」

反戦言辞を弄す。 

(九月十六日検挙陸軍刑法違反として所轄検事局へ送局す本名は中央大学在学中映画研究会、マルクシズム研究会に加盟したることあり多数の左翼文献を所持す)

 

27

島根県 銃後の後援反対 八束郡秋鹿村大字秋鹿二の一八三 農業 吉岡作市 (51)

 九月二日部落内の出征軍人家族救援協議会席上

「日清、日露戦役当時は今日の如く銃後の後援とか労力奉仕とかなく、自分も出征中左様な事をして貰って居ない、自分は労力奉仕や慰問金募集等には絶対応じない」

云々と救援反対の言辞を弄し部落民を憤慨せしめたり。

我欲一直の人物にして他意なく其の不心得を論旨す)

 

28

島根県 反軍的言動 簸川郡田儀村大字口伝儀七二五 木挽職 石飛節 (42)

 八月十日飯石郡西須佐村木賃宿今岡フロ方に於て同宿人に対し

「今度の日支事変は支那軍の暴戻に対し日本軍は止むなく応戦した様に報道されて居るが、実際は日本軍が喧嘩を吹き掛けたものでそれは結局弱い支那を叩き付けて領土を取ろうと言うのであって、日本軍は盗人の様なものだ云々」

と反軍的言辞を弄す。

(思想的関係なく厳重戒飾)

 

29

愛媛県 反軍的言動 上浮穴郡小田町大字寺村乙五六九 商業 森分藤枝 (39) 右同乙一○八 商業 高橋杢重 (39)

森分は客月十四日部落民会の席上、軍部に対する乾草納入に関し

「役場が勝手に多量の乾草を引受けたのだから我々は刈る必要なく従って俺は納入しない」

又高橋は、八月十七日隣村石山村々民に対し

「今回の乾草は草地を所有する者のみが納入すれば事足る、然るに役場が勝手に刈取る様にしたのだから我々は承知が出来ない云々」

との言辞を弄す。

(他を誘導するやの所あり論旨す)

 

30

新潟県 反戦的言動 古志郡東谷村大字赤谷二六四 板尾町役場書記 佐藤松太郎 (42)

八月二十八日福島県に旅行中同乗中の氏名不詳の一男子より

「小作争議の深刻な所は応召員がない」

との言を聞き、翌日板尾町役場に於て同僚に対し

「王番田は召集令状が来ないと言うがそれは赤が多いからだ、戦争に行きたくなかったら赤になればよい、尚日本はロシヤと戦争すれば負ける、負けそうになったらロシヤに行ったらよい云々」

との言辞を弄す。 

(所轄署並憲兵分隊に於て取調べ調書を徴し釈放す)

 

※「戦争に行きたくなかったら赤になればよい」、実に正しい。

 

31

新潟県 反戦・反軍的言動 北蒲原郡本田村大字月岡五七三ノ一 菓子商 山井一夫 (36)

 七月中旬並に九月一日の二回に渡り同字月岡旅館赤松登志方に於て家人等に対し

「日本は外国と戦争して負けた事はないと云うが或本に依れば負けた事がある、又日本は日露戦争の時等外国から軍艦を貰っている、又大きな軍艦等海軍工廠では出来ないから三菱造船所だけで造っている、毎日の新聞やラジオでは日本軍が勝った様に言って宣伝して居るが、上海の敵前上陸の際等日本の決死隊は六人だけ残ったと云う有様で全く支那兵が強いのだ云々」

反戦的言辞を為す。

(悪意なかりしを以て厳重説諭す)

 

32

大阪府 不穏言動 大阪市浪速区廣田町二 香具師 綱澤健三 (30)

八月十二日及九月四日の二回に渡り大阪市東区玉造稲荷前夜店に於て「記憶力増進器」販売中、この器具は山本宣治が推奨せるものであるとて同人を激賞し

「私は無産者階級解放の為に過去に於て血みどろになって戦いました、我々無産階級の子弟は現在北支の荒野に於て身を犠牲として戦って居る、三井、三菱の子弟が一人でも戦争に出たか、支那相手の戦争に沢山出兵する必要もあるまい、目的はロシヤにある云々」

の不穏言辞を弄す。 

(厳重戒飾)

 

※言わば戦前の寅さん。しかし「記憶力増進器」とは…。

 

33

福岡県 列車妨害

九月十八日午前六時福岡県下久大線南久留米駅東三○三米及三三三米の線路上に重さ八十斤の石一個宛を放置し、列車転覆を企てたる事件発生せるが、その後通過せる貨物列車が三分間停車したるのみにて被害なし。

(線路工夫の所為と判明思想関係なし) 

 

34

鹿児島県 応召兵侮辱 出水郡出水町同町在郷軍人分会長 同町兵事係 山下夘市

応召兵松島徳重が八月十八日夜親戚知古等を招待訣別の宴を開催中、上記山下夘市は酩酊し来り松島に対し

「町の指示に従わざるは甚だ不都合なり、君は応召しないでも良い云々」

と罵倒せり。 

(鹿児島憲兵分隊に於て始末書を徴収す)

 

35

愛知県 反戦言動 自称 本籍東京市牛込区柳町三番地又は大分県中津市広瀬町二七 ペンキ職工、土工 伊藤爲之 (31)

 八月二十八日頃より寶飯郡三谷町三谷港埋立工事場に於て

「今回の北支事変で上海及北支で旺に戦って居るが、兵卒は殆ど貧農の子弟又は下層階級労働者で、三井、三菱の如き大資本家の利益擁護の為に戦って居るのであるから、国家の為とか我々民衆の為とかには関係のない事である云々」

反戦言辞を弄す。

(九月一日所在不明となり目下捜査中)

 

36

岐阜県 反戦的言動 岐阜県武義郡洞戸村市場八〇一米穀肥料木炭商 長谷部四三男 (28)

九月一日午後四時頃岐阜県武義郡洞戸村市場山下卯吉方に於て同人及神山金吾の両名に対し

「今次事変は財閥殊に関西財閥の積極的策動に依り発生したるものにして、資本家の権益擁護の為の侵略戦争である、之が為農山村子弟に多数の犠牲者を出し気の毒に堪えない、しかも二十五億 の膨大な戦争予算の大半は軍需工業会社等の財閥のみ巨利をしめ、農山村は犠牲となり疲弊する、しかし戦争は我国は必ず勝つが、財政的に悪性インフレとなり破綻するに至る云々」

反戦的言辞を弄す。

(九月十五日陸系違反として送局九月十七日起訴前の強制処分に付せられ九月二十七日起訴せらる)

 

 37

群馬県 反戦言動 桐生市東町八四四 栗原功一郎(28)

九月十一日午後十一時頃桐生市東町八一六飲食店美好堂に於て飲食中、伏見武一に対し

「今度の戦争は日本が負けたってかまわない、第一今戦争なんかすることが宜しくない云々」

反戦言辞を弄す。

(思想的背景無く酸余の間に発したるものと認め厳重戒告始末書を徴す)

 

38

群馬県 反戦言動 多野郡美土里村大字篠塚三三 農 神田重治(60)

九月十八日美土里村主催の戦争祈願祭に出征兵家族の一員として列席し、午前十時頃同村役場小使室に於て村民数名と雑談中、

「戦争位馬鹿げたものはない金を消費して物を破壊し、又支那兵は飲料水に細菌を散布し人を殺すと云ふが、斯様な非文明な話はない云々」

反戦的言辞を弄す。

(警告)

 

※実際に飲料水に毒を撒いていたのは日本軍だった…。

 

 39

神奈川県 反戦落書

九月十日横浜市鶴見区末広町二ノ一芝浦製作所第十号館軍需品製作工場の中二階大便所内羽目板に

「戦争に対する警告、戦争!戦争は俺達の世界の一番敵だと云ふ事を知らないのか!戦争の為に太るのは資本家だけだ、俺達の敵は支那でもないロシヤでもない戦争だ、前線で死ぬのはみんなプロレタリアの青年たちだ、何十万の戦死!そして資本家は何千万の金を儲けるのだ!仲間よ!しっかりしろ!共産党〇〇芝浦支部」

と落書しあるを発見す。

 

※アンダーラインは原文の強調部分。

 

40

滋賀県 反戦言動 甲賀郡南杣村大字藍野三六九 村議 西村仙吉(49)

九月十五日銃後の後援に活動しつつある辻義兵衛其の他数名に対し

「将校は商売で召集兵は義務で行くのだ、我々銃後にあるものは留守番さえして居ればよいのだ、何も家を留守に迄して出征軍人を歓送する必要はない、軍部の方針は如何程兵隊を殺しても犠牲者を出しても構わん、早く事変を解決したら好いと云ふ遣方だ云々」

と反軍的言辞を弄す。

(厳戒)

 

41

富山県 反戦的言動 西礪波郡戸出町市野瀬 農 高田興七郎(59)

九月十日軍人後援会の基金募集のため来訪せる方面委員田邊外之助外二名に対し、

「自分は米国に居た時は税金も無く寄付金募集に来る者もなかったが、此処へ来てからは無暗に戸敷割は取立てられるし寄付は求められるし全くやりきれぬ、今度も戦争して居たため株価は大暴落で、大変損をしたから寄付の求めには応ぜられぬ。云々」

と述べて寄付を拒絶せり。

(厳重戒飾始末書を徴す