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過去からの抵抗

戦前戦中・敗戦直後の人々の反戦・不敬発言を紹介。

開設初投稿 及び 当ブログについて

ウェブログは、Twitterにて公開中の「戦前の不敬・反戦発言Bot」の本体ブログです。

Botが思いの外好評だったので、載せ切れなかった長文やまとめたかった一連の発言を紹介するためにこの様なブログを作ることになりました。

 

特高月報及びそれを元にした幾つかの資料を基に、戦前・戦中のある人々の発言を掘り起こしていきます。また、戦前・戦中に限らず天皇制・保守体制に抵抗していった人々の動きを扱う事もあるかもしれません。

 

今のところはこんな所です。

もう少ししたらもっと具体的な事も書けるでしょう。

当面の目的としては、1937年~1944年の特高月報及び1945年の憲兵隊資料から「不敬・反戦発言傑作選」的なコンテンツ、また幾つかの事件のまとめを予定しています。

 

では、よろしくお願いします。

最新記事は直下です。

1937年9月分 反戦・不敬発言傑作選  41事例

事変も激しさを増し、戦死者の知らせも出始めた頃。

発言者の職業などに注目して読んでみたらどうでしょう。

 

事変に対する左翼分子の策動

 

1

神奈川県 反戦的言動  国府津駅連結手 飯山正章 (24)

八月二十八日午前五時頃神奈川県平塚駅前に於て

「今度の戦争は日本は敗けだぞ、君等は幾等一生懸命になって兵隊を見送っても敗北だから無駄だ」

と連呼し更に同駅前に於て出征兵士見送者三、四十名に向かい同様の言辞を弄す。

(検束取調べたるに泥酔し居り思想的傾向なきを以て拘留処分に付す(十日))

 

※泥酔していると処分が軽くなる例は幾つかある。

 

福島県 反戦的言動 福島県浅川町米穀商 白坂カネ (62)

 八月二十五日自己の長男多三郎の出征挨拶の為来訪せる浅川町役場書記野口數理に対し

「私等の如きものが一人息子を召集されては今後の生活に困るから税金は納めぬ」

云々との言辞を弄したるため町内一般より非難せらる。

(興奮の結果の言動なりしを以て戒飭に止む)

 

熊本県 反戦言動 熊本市鹽屋町大日本護国軍熊本団幹部 中島進

七月二十八日出征兵士送別会席上その他に於て

支那を武力に依って征服しても今のままでは日本国が将来に於て内部より崩壊する恐れがある現在の日支戦争は資本主義同志の戦争であって、我々とは何の関係もない、俺が戦争に召集されたら上官と喧嘩してやる、鉄砲の筒先は敵ばかりに向かっていない、後方に向って打ち殺す場合がある、召集された兵士は町人や農民で純真な者ばかりであるから俺の言う様になる、それを利用すれば如何様(叛乱を意味す)にも成る、北支事変で死ぬのは馬鹿だ生きて帰らなければならぬ、兵士が戦死すれば一千二百円貰えるが女郎よりも安価なり、満州事変の際二個中隊が事変半にして原隊に帰還せしめられた、それは中隊長が共産党員であったと言うことである」

等と反戦言辞を弄したる事実あり。

(八月三日検束取調中なるが本年三月頃より左翼出版物を閲覧研究し共産主義分子と往来する等漸次左翼に再転向したるものなり 十月四日陸軍刑法第九十九条違反として送局)

 

4

群馬県 反戦的言動 佐波郡殖蓮村村長 大木種蔵

八月二十七日役場樓上に於て郷軍役員、村議、小学校教員等三十五名出席出征軍人壮行会を開催したる席上

「今度の動員は度々行われ又多数の充員があったので驚いた、又予想以外補充兵を充員するのだから驚き入るばかりだ、これ以上動員があっては困却する、あまり動員すると地方産業の伸長に多大の損害があるからである云々」

と述べたる為郷軍幹部より問責せられたり。 

(戒告)

 

5

群馬県 反軍的言動  碓氷郡磯部町 土工 栗原瀧次郎 (36)

八月二十一日飲酒泥酔の上平素確執ある隣家藤巻静男方に至り

「出征兵士を送るとか何だとかこの騒ぎをしてたまるか、兵士は我々から餞別を貰ったり送られたりして運良く帰れば勲章を貰ったり金を貰ったりして裕福になっている者がある、俺等は毎日汗を流して土方をしても一日八、九十銭にしかならぬ云々」

と反軍的口吻を洩す。

(戒告)

 

6

高知県 反戦的言動  社大高知支部連合会会長 代議士 佐竹晴記

八月十四日数名に対し

支那との戦争は多大の費用を要するものであってその費用は我々代議士が議会に於て尽力し予算を取るものであるが今仮に二十億の予算を取るとするも戦争の費用は一ヶ月五億円を要するが故に二十億は四ヶ月で費消するを以てその時期に至れば我国は財政的に行詰ることになる、古来歴史を見ても敗戦国が亡びたと言うことはなく現に独逸も再興している、ナポレオンは戦争には勝ったが亡びたではないか云々」

反戦的言辞を弄したる事実あり。

特高課長に於て戒告)

 

7

山形県 反戦的言動 予備歩兵一等兵 沼澤重次郎

八月三十一日山形歩兵第三十二連隊に応召入隊したるが出発にあたり居村駐在巡査に対し

「召集されるよりは監獄にいた方がよかった召集されて行ったら露西亜に逃亡する云々」

との言辞を弄せり。

(所属連隊長及所轄憲兵隊長に通報)

 

8

高知県 反戦的言動 社大党員 山中勇三郎

八月二十六日高知市役所宮本教育課長が本名宅を訪問し、本名の弟良吉が国家の為戦死せりとの公電ありたる旨伝達し弔辞を述べたるに対し

「私は弟が御国の為に死んだものとは思わぬ、資本家地主の為の戦争で死んだもので、私は資本家地主を恨む云々」

と述べたる事実あり。 

(本人平素の言動より反戦思想の現れと認めるも弟戦死し日浅き為適当の機会に訓戒の予定)

 

9

山口県 兵士非難の投書

八月二十九日山口連隊区司令部宛宿舎兵の行動を非難したる左記内容の投書ありたり。 

「大至急御願申上げます兵士の町宿に当りまして実に困却して居ります、ビールを一日に三、四本もあけられ寝床の上げ下ろしお膳の持ち運びあまつさえ不埒極まる行為までせられまして誠にこの上なく兵士なればこそ泣寝入りの有様実に我々を苦しめる兵士一日と言わず一時間も早く出動出来る様御手配下され度切に祈上げます皆どれだけ苦しめられているか御推察願上げます。   困る家

 

※修学旅行生より態度の酷い兵隊たち。流石に特高もどうすべきか迷ったのか、処置の記載は無かった(空白 )。

 

10

静岡県 反戦的ラヂオ放送

 八月三日午後十一時五分より十分間左記内容の反戦的ラヂオ放送を聴取したるものあり。 

「日本の兵隊さん達何故あんた方は支那と戦争しなければならぬか、そして東洋人種の同胞なる支那人を殺傷せねばならぬかご存知ですかあなた方が戦争して受ける利益は何ですか、日清戦争の結果を考えて御覧なさい、又は日露戦争の結果を考えて御覧なさい、日本の得た利益は何も無いではないですか、今度の支那との戦争の結果も同じことで一、二軍閥の利益と特権階級の一部の利益をもたらすのみに過ぎないのです、しかもこの反動として経済界は逼迫し民衆の生活は更に深刻になるのみに過ぎません日本の兵隊さん達よあなた方の故国には両親も居るでしょう、その人達は一刻も早くあなた方の帰りを待ち詫びています、早く銃を捨てて国に帰るようにしなさい。

(日本語による放送なるもあくせんと等よりして南京政府に於て為したるものに非ざるやとも認めらる、が時節柄極力内偵中)

 

※戦前の日本にも海賊放送があった様だ。

 

11

群馬県 反戦言動 桐生市芳町社大党員 清水金造 (30)

八月十一日山田郡相生村貯水池工事場に於て人夫小林豊外四名に対し

「日支事変は我国の侵略的領土欲に依るもので、利するは「ブルジヨア」のみである、故に我々労働者は戦争に反対せねばならぬ、戦争が永引けば永引く程我々の生活は困窮する、ソ連は全世界の資本家国家を相手にしているので軍備は世界一であり、軍事費も多額であるが労働者や農民は安楽の生活をしている云々」

反戦言辞を弄す。

(始末書を呈し厳重戒飾)

 

12

京都府 反軍的言動 京都市左京区梅津北町 小作農 小山活三郎 (38)

 過般馬糧乾草等の徴発ありたるに拒否的態度に出で町内の反感を買いつつありたる際偶々町内よりの出征者あるに當り

「出征軍人を万歳万歳と言うて見送って居るが兵隊さんも金儲けではないか、軍務公用者や輸卒の如きはぼろい儲になるのだ自分も忙いので見送りなんかして居られん」

との言辞を弄し出征兵士の見送りを為さず。

(検束厳諭)

 

13

新潟県 反戦的言動 佐渡郡新穂村応召兵 本間 泰 (26)

八月三十日応召出発に先立ち村内神社境内に於て字民百四、五十名集合戦勝祈願を為したる際之が答辞として歓送者一同に対し

「私はこの様に皆様から盛大な歓送を受けて誠に感激に堪えません、斯くてこそ始めて我々は意を強くして戦地へ赴き華々しく戦死しても何等心残りは無い、しかしながら我々が血を流し悪戦苦闘して獲得した権益たるや皆様の為には少しもならず、いずれも資本家財閥の利潤となるのみである、銃後に於けるは皆様この点に深く留意して権益擁護に当って貰いたい」

と述べたる事実あり。

(所轄憲兵隊へ通報)

 

14

島根県 反軍的言動 美濃郡吉田町 左官職 中島房次郎 (34)

 八月七日吉田町中吉田原部落総会(出席者十四、五名)の席上に於て出征軍人遺家族の救済に関し部落長より各戸一人ずつ田の草取その他耕作に労力奉仕を為さんと提議したるに対し

「自分は応召軍人の家族に対し田の草取なんか手伝する等は嫌である、同人等が出征して帰れば金の二百円位は貰えるのであるから、あたかも金儲に行って居る様なものだ、自分でも召集があれば何時でも行く」

と称し該労力奉仕に参加せず。

(厳重戒飾始末書を徴す)

 

15

埼玉県 反戦的落書

川越市字松江町五一九桊馬造方前道路公設掲示板(九月二日川越市役所に於て掲示したる銃後の後援に関するポスター)に万年筆を以て

「日本撲滅」

と落書しあるを九月八日発見す。

(捜査中)

 

16

愛知県 反戦的言動 豊橋市山田町 青物商 河合七郎 (47)

八月十日以後数回に渡り友人八木徳太郎外出征兵士見送人数名に対し

「今度の戦争は大資本家擁護の戦争で貧乏人の我々はどうでもよい戦争だ、それだのに戦争に出るのは貧乏人ばかりだから気の毒である、貧乏人はどうせ働かねば食えないのだから戦争に負けて支那の国になろうが構わない云々」

反戦的言辞を流布す。

(拘留五日に処す)

 

17

愛知県 反戦的言動 豊橋市藤並町 大工業 八木徳太郎 (39)

八月十日前記河合七郎より反戦的流言を聞知しこれを出征兵士見送人数名に流布す。(内容前述に同じ)

(厳重説諭)

 

18

静岡県 演劇台詞中の反戦的言辞 宮本日向の引率する俳優 酒井龍之助 一行

九月四日、五日静岡県田方郡田中村所在大仁座に於て上演せる軍事劇「新召集令」並「暁の爆撃機」と題する演劇中左の如き反戦的台詞を使用せり。 

1 新召集令  軍籍にある者と高利貸との対面の場に於て高利貸の台詞中「お前は軍籍にある体だろうこの度の事変で毎日毎日召集されて軍籍にある者は召集されて行く万歳万歳となー大体俺はあの万歳と送る奴の気が知れんのだ、何うせ、戦争に行けば生きて帰る奴はないんだ万歳万歳と叫ぶ代りに南無阿弥陀仏と念仏を唱えてやる方がましな位だ」。 

2 暁の爆撃機  劇の主人公休職陸軍中尉白川洋一は新鋭爆撃機の制作に没頭しようやくこれが完成を見て試験飛行に成功し病める愛児の病床に行き「お父さんはお前を今までかまってやることが出来なかったが今日からは本当にお前を幸福にしてやるぞ」と言って居る所へ召集令状が来たので「召集令が下りました、この病児を目前にして出征して行かなければならぬと思えば召集令が呪わしくなりました」。 

反戦的台詞の使用を厳禁し脚本中その部分の変更を命じ厳重訓戒の上誓約書を徴し釈放す)

 

19

高知県 皇軍の軍略非難 高岡郡佐川町後備海軍一等機関兵 大工職 山本敏義 (38)

高岡郡佐川町飲食店植田稻喜方に於て飲酒中

「和知部隊長は支那に十年も居って十分事情を知って居るに不拘、目茶苦茶な戦争をして居る、連絡なしの戦争をするので一個小隊が前方で全滅するのを知らなかったり、死なないでもよいものが死んだりする、こんな部隊長の部下になったら命が幾等あっても足らん云々」

と高聲にて放言す。

(故意なく泥酔の結果放言せること判明せるを以て厳重訓戒釈放す)

 

20

島根県 反戦的言動 東京市赤坂区青山南町 帝国秘密探偵社員 小林整 (35)

八月中旬頃能義郡安來町實業学校長に対し「自分は知己である海軍の主要な地位にある人から聞いたことであるが、今回の北支事変は軍の政策に出でたもので、無理に戦争をしなくともよかったのに軍の一部のものの主張により斯る結果に至ったと言う事である云々」と洩らせり。

(厳重訓戒)

 

21

島根県 反戦的言動 松江市大正町 元市議 福田利三郎 (34)

九月八日松江市役所に於て居合わせたる吏員及所轄署員に対し、

「戦争程不経済極まるものはない、自然我々大衆生活の保護も逐次剥奪されて行くと思う、排日侮日と言うが究極する所これは支那人として自然発生的に現れた所の行為である、支那にしてこの行為あるは当然である云々」

と洩す。

(厳重諭示行動警戒中)

 

22

警視庁 反戦落書

九月十二日午後四時頃東京市上野駅構内公衆便所男子用入口扉内側に万年筆にて

「戦争反対、帝国主義反対」

と落書しあるを発見す。

(捜査中)

 

23

石川県 国旗寄せ書 社大金沢支部 金沢一般労働組合 圓山定森 外数名

応召者二名(左翼分子)に対し国旗に寄書を為して寄贈したるがその寄せ書中特異のもの左の如し。 

一、太陽を背に(反逆者の意を含めたるもの) 

一、屍を越えて(赤旗の歌の一説) 

一、赤心奉公(赤心は左翼思想を風刺せるもの) 

一、鐡の如く(スターリンの言葉) 

(動静注意中)

 

24

福島県 反軍言動 石城郡兼島村 農 八代久 (40)

八月三十日午後七時五十分石城郡十名濱町より湯本町間の乗合自動車内に於て乗客が、支那事変に関し支那の暴戾を非難し、且陸軍の奮闘振りを賞賛したる所

「なに今度の事変は日本が悪いんだ其の内に日本が敗けて皆死んでしまう」

と放言したる為乗客より袋叩きにされたるが、傷害の程度に至らず遁走せり。

(検束取調べたるが幾分低脳且泥酔し居りて思想関係なきこと判明したるを以て厳戒釈放せり)

 

※低脳…。

 

25

石川県 出征兵士侮辱 金沢市堀川島場町 鈴木鐵工場見習工 出口良二 (18) 外三名

 九月九日午後八時頃工場裏通りを通過中の出征部隊に対し

「コラ父ッア等しっかりやって来い、家にはジヤーマ(妻)が首を長うして待っとるわい」

「ありや此親爺元気の無い奴やな」

と高唱したるため居合せたる一般歓送者等はこれに投石せんとするものあり、一方出征兵士に於ても極度に激昂し一時事態悪化せんとしたるも取締巡査の制止により辛じて事なきを得たり。

(厳重戒告)

 

26

栃木県 反戦言動 下都賀郡小山町 雑貨商 後備上等兵 柿沼修三 (34)

九月三日、十四日の二回に渡り下都賀郡穂積村柴山一郎及同村秋山彌太郎に対し

「俺が招集されたら友達四、五名と小山町で飲み、親戚廻り等しないで宇都宮に行って芸者をあげて遊ぶ、戦地に行ったら支那人もロシヤ人も俺と同じ境遇だから殺さない、鉄砲は上を向けて打ったり下を向けて打ったりして向こうの兵士はねらわず日本の兵隊を打って殺してやる云々」

反戦言辞を弄す。 

(九月十六日検挙陸軍刑法違反として所轄検事局へ送局す本名は中央大学在学中映画研究会、マルクシズム研究会に加盟したることあり多数の左翼文献を所持す)

 

27

島根県 銃後の後援反対 八束郡秋鹿村大字秋鹿二の一八三 農業 吉岡作市 (51)

 九月二日部落内の出征軍人家族救援協議会席上

「日清、日露戦役当時は今日の如く銃後の後援とか労力奉仕とかなく、自分も出征中左様な事をして貰って居ない、自分は労力奉仕や慰問金募集等には絶対応じない」

云々と救援反対の言辞を弄し部落民を憤慨せしめたり。

我欲一直の人物にして他意なく其の不心得を論旨す)

 

28

島根県 反軍的言動 簸川郡田儀村大字口伝儀七二五 木挽職 石飛節 (42)

 八月十日飯石郡西須佐村木賃宿今岡フロ方に於て同宿人に対し

「今度の日支事変は支那軍の暴戻に対し日本軍は止むなく応戦した様に報道されて居るが、実際は日本軍が喧嘩を吹き掛けたものでそれは結局弱い支那を叩き付けて領土を取ろうと言うのであって、日本軍は盗人の様なものだ云々」

と反軍的言辞を弄す。

(思想的関係なく厳重戒飾)

 

29

愛媛県 反軍的言動 上浮穴郡小田町大字寺村乙五六九 商業 森分藤枝 (39) 右同乙一○八 商業 高橋杢重 (39)

森分は客月十四日部落民会の席上、軍部に対する乾草納入に関し

「役場が勝手に多量の乾草を引受けたのだから我々は刈る必要なく従って俺は納入しない」

又高橋は、八月十七日隣村石山村々民に対し

「今回の乾草は草地を所有する者のみが納入すれば事足る、然るに役場が勝手に刈取る様にしたのだから我々は承知が出来ない云々」

との言辞を弄す。

(他を誘導するやの所あり論旨す)

 

30

新潟県 反戦的言動 古志郡東谷村大字赤谷二六四 板尾町役場書記 佐藤松太郎 (42)

八月二十八日福島県に旅行中同乗中の氏名不詳の一男子より

「小作争議の深刻な所は応召員がない」

との言を聞き、翌日板尾町役場に於て同僚に対し

「王番田は召集令状が来ないと言うがそれは赤が多いからだ、戦争に行きたくなかったら赤になればよい、尚日本はロシヤと戦争すれば負ける、負けそうになったらロシヤに行ったらよい云々」

との言辞を弄す。 

(所轄署並憲兵分隊に於て取調べ調書を徴し釈放す)

 

※「戦争に行きたくなかったら赤になればよい」、実に正しい。

 

31

新潟県 反戦・反軍的言動 北蒲原郡本田村大字月岡五七三ノ一 菓子商 山井一夫 (36)

 七月中旬並に九月一日の二回に渡り同字月岡旅館赤松登志方に於て家人等に対し

「日本は外国と戦争して負けた事はないと云うが或本に依れば負けた事がある、又日本は日露戦争の時等外国から軍艦を貰っている、又大きな軍艦等海軍工廠では出来ないから三菱造船所だけで造っている、毎日の新聞やラジオでは日本軍が勝った様に言って宣伝して居るが、上海の敵前上陸の際等日本の決死隊は六人だけ残ったと云う有様で全く支那兵が強いのだ云々」

反戦的言辞を為す。

(悪意なかりしを以て厳重説諭す)

 

32

大阪府 不穏言動 大阪市浪速区廣田町二 香具師 綱澤健三 (30)

八月十二日及九月四日の二回に渡り大阪市東区玉造稲荷前夜店に於て「記憶力増進器」販売中、この器具は山本宣治が推奨せるものであるとて同人を激賞し

「私は無産者階級解放の為に過去に於て血みどろになって戦いました、我々無産階級の子弟は現在北支の荒野に於て身を犠牲として戦って居る、三井、三菱の子弟が一人でも戦争に出たか、支那相手の戦争に沢山出兵する必要もあるまい、目的はロシヤにある云々」

の不穏言辞を弄す。 

(厳重戒飾)

 

※言わば戦前の寅さん。しかし「記憶力増進器」とは…。

 

33

福岡県 列車妨害

九月十八日午前六時福岡県下久大線南久留米駅東三○三米及三三三米の線路上に重さ八十斤の石一個宛を放置し、列車転覆を企てたる事件発生せるが、その後通過せる貨物列車が三分間停車したるのみにて被害なし。

(線路工夫の所為と判明思想関係なし) 

 

34

鹿児島県 応召兵侮辱 出水郡出水町同町在郷軍人分会長 同町兵事係 山下夘市

応召兵松島徳重が八月十八日夜親戚知古等を招待訣別の宴を開催中、上記山下夘市は酩酊し来り松島に対し

「町の指示に従わざるは甚だ不都合なり、君は応召しないでも良い云々」

と罵倒せり。 

(鹿児島憲兵分隊に於て始末書を徴収す)

 

35

愛知県 反戦言動 自称 本籍東京市牛込区柳町三番地又は大分県中津市広瀬町二七 ペンキ職工、土工 伊藤爲之 (31)

 八月二十八日頃より寶飯郡三谷町三谷港埋立工事場に於て

「今回の北支事変で上海及北支で旺に戦って居るが、兵卒は殆ど貧農の子弟又は下層階級労働者で、三井、三菱の如き大資本家の利益擁護の為に戦って居るのであるから、国家の為とか我々民衆の為とかには関係のない事である云々」

反戦言辞を弄す。

(九月一日所在不明となり目下捜査中)

 

36

岐阜県 反戦的言動 岐阜県武義郡洞戸村市場八〇一米穀肥料木炭商 長谷部四三男 (28)

九月一日午後四時頃岐阜県武義郡洞戸村市場山下卯吉方に於て同人及神山金吾の両名に対し

「今次事変は財閥殊に関西財閥の積極的策動に依り発生したるものにして、資本家の権益擁護の為の侵略戦争である、之が為農山村子弟に多数の犠牲者を出し気の毒に堪えない、しかも二十五億 の膨大な戦争予算の大半は軍需工業会社等の財閥のみ巨利をしめ、農山村は犠牲となり疲弊する、しかし戦争は我国は必ず勝つが、財政的に悪性インフレとなり破綻するに至る云々」

反戦的言辞を弄す。

(九月十五日陸系違反として送局九月十七日起訴前の強制処分に付せられ九月二十七日起訴せらる)

 

 37

群馬県 反戦言動 桐生市東町八四四 栗原功一郎(28)

九月十一日午後十一時頃桐生市東町八一六飲食店美好堂に於て飲食中、伏見武一に対し

「今度の戦争は日本が負けたってかまわない、第一今戦争なんかすることが宜しくない云々」

反戦言辞を弄す。

(思想的背景無く酸余の間に発したるものと認め厳重戒告始末書を徴す)

 

38

群馬県 反戦言動 多野郡美土里村大字篠塚三三 農 神田重治(60)

九月十八日美土里村主催の戦争祈願祭に出征兵家族の一員として列席し、午前十時頃同村役場小使室に於て村民数名と雑談中、

「戦争位馬鹿げたものはない金を消費して物を破壊し、又支那兵は飲料水に細菌を散布し人を殺すと云ふが、斯様な非文明な話はない云々」

反戦的言辞を弄す。

(警告)

 

※実際に飲料水に毒を撒いていたのは日本軍だった…。

 

 39

神奈川県 反戦落書

九月十日横浜市鶴見区末広町二ノ一芝浦製作所第十号館軍需品製作工場の中二階大便所内羽目板に

「戦争に対する警告、戦争!戦争は俺達の世界の一番敵だと云ふ事を知らないのか!戦争の為に太るのは資本家だけだ、俺達の敵は支那でもないロシヤでもない戦争だ、前線で死ぬのはみんなプロレタリアの青年たちだ、何十万の戦死!そして資本家は何千万の金を儲けるのだ!仲間よ!しっかりしろ!共産党〇〇芝浦支部」

と落書しあるを発見す。

 

※アンダーラインは原文の強調部分。

 

40

滋賀県 反戦言動 甲賀郡南杣村大字藍野三六九 村議 西村仙吉(49)

九月十五日銃後の後援に活動しつつある辻義兵衛其の他数名に対し

「将校は商売で召集兵は義務で行くのだ、我々銃後にあるものは留守番さえして居ればよいのだ、何も家を留守に迄して出征軍人を歓送する必要はない、軍部の方針は如何程兵隊を殺しても犠牲者を出しても構わん、早く事変を解決したら好いと云ふ遣方だ云々」

と反軍的言辞を弄す。

(厳戒)

 

41

富山県 反戦的言動 西礪波郡戸出町市野瀬 農 高田興七郎(59)

九月十日軍人後援会の基金募集のため来訪せる方面委員田邊外之助外二名に対し、

「自分は米国に居た時は税金も無く寄付金募集に来る者もなかったが、此処へ来てからは無暗に戸敷割は取立てられるし寄付は求められるし全くやりきれぬ、今度も戦争して居たため株価は大暴落で、大変損をしたから寄付の求めには応ぜられぬ。云々」

と述べて寄付を拒絶せり。

(厳重戒飾始末書を徴す

 

1937年8月分 反戦・不敬発言傑作選  24事例

 

支那事変に対する左翼分子の策動其の他

 

1 

青森県 反戦的策動 東北文学社同人 田中常二 外七名

八月一日の反戦デーに際し青森県碇ヶ関に名をピクニックに借りて会合し 

(イ)今後県内四ヶ所に毎月研究会を開催するの方針の下に之に関する各責任者の分担を決定し 

(ロ)来月以降「東北」文学には反戦的題材を選定登載すること 

(ハ)反戦的題材の作品を石黒劇団をして上演せしむること

等を協議決定し反戦的行動に出づ。  

(八月四日関係分子十四名を検挙し目下治維法違反被疑事件として取調中)

 

 

 

2

 新潟県 反軍的言動 新潟県刈羽郡柏崎町 後備歩兵伍長 後藤茂夫(34)

七月二十二日柏崎町本町四丁目喫茶店「タカラ」に於て飲酒中居合せたる者数名に対し目下新潟県下に於て実施中なる簡閲点呼予行演習に付き

今回の点呼は甚だ面白くない、如何に重要時局なりとしても一回の点呼に三、四日も予行演習をやる必要が何処にあるか、点呼とは名前を答えればそれで充分だ、何も猛烈なる訓練をせなくとも点呼の意義は判る云々」と反軍的言動を洩したる事実あり。

(厳重戒告)

 

3

 静岡県 反戦言動 静岡県清水市江尻紺屋町 金物行商 草ヶ谷寳作(46)

七月十五日行商の為静岡県庵原郡袖師村嶺牧田長吉方に至り同家に居合せたる同人外数名に対し

日本が支那と戦争をしても支那にはソ連が付いているソ連には共産党と言う確りした団体があるから日本は負けるに決っている、ソ連では労働者が死ぬと政府で葬式を出してくれるが日本ではそんなことは無い、戦争が始まると貧乏人は不景気で食えなくなるから困る早く戦争を止めて貰いたい、戦争は人を殺すから反対である云々」と反戦言辞を弄す。

(静岡県憲兵隊に引渡し目下同隊に於て陸刑違反として取調中)

 

4

 大阪府 反戦反軍的落書

七月末施行の京阪神地方防空演習に際し大阪市大正区大正防護分団本部団員控室として使用せる大正尋常小学校内教室の黒板に

「出征兵士負けて帰れ、後に来るもの貧民の生活難」

との反戦反軍的落書あるを発見す。

(厳探中) 

 

 5

広島県 反戦落書

広島県海田市省線海田市駅構内共同便所内に

「資本家の手先となった新聞、ラヂオ、映画等で外国が悪い様に宣伝して戦争をしかけるそして利益は自分等が取る戦地で死ぬのは誰だ、国家の為だのやれ忠義だのとおだてられて機関銃の的となる農民労働者よ云々」

反戦落書あるを発見す。

(厳探中)

 

 6

大分県 反軍的言動、反戦的落書 大分県下毛郡眞坂村 応召兵一等水平 山本勝郎

八月六日応召の為眞坂駅出発に際し見送の小学校長に対し

「自分は今度戦地に赴くが同じ出征する軍人でも職業軍人である将校と三大義務に基く一般兵との間に極端なる待遇上の差異あることは甚だ遺憾だこの際国民もこの点について関心を持たねばならぬと思う、云々」

と反軍的言辞を弄し尚出発の際居村小学校々庭の朝礼用黒板に

「今度の戦争はプロレタリア対ブルジョア階級闘争である 国民は一大覚醒を要する以下不明」

反戦的落書を為したる事実あり。

憲兵隊へ通報、憲兵隊に於ては所属分隊長と共に取調べ戒告せり)

7

三重県 反戦落書 

八月十四日三重県下鳥羽町所在鳥羽電気工作所(軍需品工場)内便所に

「隣国友好国に兵を出すとは正義に反した侵略行為ではないか、日本は未だ反省の余地あり。召集令状動員馬鹿。神鋼哲人」

と落書あるを発見す。 

(内査中)

 

8

宮城県 反戦的ビラ

八月八日仙台市名掛町自転車修繕業石塚哲夫及同町仕立業松本新兵衛方店頭へ西洋紙に謄写版刷せる左記内容のビラ(縦一二、二センチ、横一五、五センチ)各一枚を投込あるを発見せり。         

一、北支皇軍の奮戦○○部隊は二十九路軍をさんざんに破り逃げる事をやむなくしたり 

二、我が新聞記者佐藤公介死せり 

三、皆うそ

宗文社

(厳探中)

 

9

岡山県 反戦的言動 住所不定 縫針行商 椿原萬蔵(56)

八月三日岡山県下和気駅に集合せる応召軍人並その見送人等五、六十名に対し

「戦争をするのは馬鹿だ、学校で勉強しても戦争する様な事では何の役にも立たぬ、戦争すれば日本人は困るばかりだ国民は苦しい目に逢うばかりだ、大体総理大臣が悪い、戦争をする様な総理大臣や陸軍大臣は殺して仕舞え」

と絶叫したる事実あり。

(警察犯処罰令により拘留二十日に処す)

 

※今回の更新の中では私の一番のお気に入り。

 

10

長崎県 反戦的言動 長崎県大浦町食料品販売 山口光太郎 (41)

七月三十一日午前十一時頃長崎市大浦町「ヨーロッパホテル」前街路に於て付近在民婦女子五名を相手に雑談中談偶北支事変に及ぶや

「日本は戦争して折角満州を取ったがその結果税金が高くなり一般のものは却って困っている只一部の者が利益を得る丈でこの点から見ても戦争はするものではない」

と洩したる事実あり。

(戒飭)

 

※この「ヨーロッパホテル」は現存していない様だ。同じ長崎県ハウステンボスには「ホテルヨーロッパ」が存在しているが…。

 

11

神奈川県 反戦的落書

八月五日横浜駅構内便所入口左側手洗所に

「打倒日本」

黒鉛筆にて一寸五分大に太書せるものを発見す。

(内査中)

 

※一寸五分=4.5㎝

 

12

香川県 反戦的言動 住所不定 似顔絵師 川崎義夫 (35)

八月十日午前十一時頃香川県下白鳥本町国鉄白鳥駅事務室に於て同駅駅長小野久太郎外二名に対し

「資本家は税金を出すのみで実際戦争に行って死ぬのは我々の様な下の者のみだ、今度の事変は欧州大戦より大きくなる、支那兵も日本兵も皆死んでしまってから如何に戦争が悲惨なるかを知ればよい、今度の事変は日本の領土的野心から起ったのであるが支那全部を取っても統一は出来ぬ云々」

反戦的言辞を弄す。

(陸刑違反として身柄共送局)

 

13

京都府 反戦的言動 京都市中京区姉小路通大宮東入三防大宮町 牛乳販売 松尾幸二 (25)

八月六日午後七時頃京都市竹谷理髪店に於て同店職人岡田明當二十一年と北支事変に関し談論中同人に対し

「日本軍隊は支那へ領土及権益の侵略に行って居るのである、故に支那人といえども民族意識に目覚めた知識階級の人々は今後如何なることがあっても排日抗日運動に全力を注ぐであろう、それは斯くすることが愛国的行為である、支那の行為は正当防衛である、日本の侵略に対して已むに已まれず戦っているのである云々」

反戦的言辞を弄す。

(厳重戒告)

 

14

島根県 反軍的言動 島根県高津町 職工 信国虎雄 (26)

八月一日石見人絹工場女工が夜間出征兵士を鉄道沿線に於て歓送したるにこれを批難し同僚数名に対し

女工の癖に晩遅く迄騒いで居るなんて女は女らしく早く寝るがよい、出征兵士だからとて騒いで送る必要はない、朝の仕事に差支える様な遅くまで見送りしなくとも早く休むがよい云々」

と反軍的言辞を洩す。

(厳重戒飭)

 

※「反軍的」発言をする者も必ずしも高い意識を持っていなかったと見れる良い例だが、状況から言って中々難しい。

 

15

警視庁 反戦的言動  矢崎弾こと 神藏芳太郎

八月七日淀橋区角筈寶亭グリルに於て開催せられたる同人雑誌「星座」の例会席上(出席者一六名)

「日支事変の原因は相互の政策が悪いからだ双方今一歩進んだ考を以て行ったなら戦争をしなくとも幾らでも和平的に解決が出来たことと思う、もう世界は終りだ、今回の日支問題をきっかけに世界は必ず二派に分れて第二の世界大戦まで進むと思う、それからこの際日本主義者即ち「ファショ」を徹底的に撲滅して仕舞わねば日本主義者の為に日本は滅びて仕舞う云々」

反戦的言辞を弄す。

(検挙取調中)

 

※矢崎弾は有名な文芸評論家。12月には人民戦線事件でも検挙。

 

16

新潟県 反戦ビラ貼付 

八月十八日新潟県下七日町字上栗、角山金治方物置小屋及同部落道路指導標に墨筆にて半紙に横書せる左記内容の反戦ビラ貼付ありたるを発見せり

1.北支上海事件支那軍万歳 日本軍滅敗、我々は支那軍絶対擁護 大戦争反対、支那空軍我国攻撃万歳

2.支那とは争い反対だぞ、日本敗戦だ 我々は大いに支那後援するぞ 日本政府の手段反対だ 我々は一丸となって日本やるぞ。

(本件は共産主義運動の戦略戦術たる「自国敗戦主義」を宣伝したるものにして犯人厳探中)

 

17

静岡県 反戦的言動 静岡県浜名郡新津村 法枝 二、一五九 書報外交員

八月八日夜浜松市海老塚町カフェーオリンピックに於て飲酒中居合せたる堀敏明當二十三年に対し

「今度の事変は日本が支那の土地を取る為に始めたのだ。日本の貧乏人は幾ら働いても頭は上がらない、これは政治が悪いからで、ロシアの労働者は楽しい生活が出来る様になって居る。弱い者いじめをすれば必ずやられる時が来る云々」

反戦的言辞を弄す。

(厳重加諭始末書を徴す)

 

18

兵庫県 反戦的落書

八月二十日神戸市内新開地、東宝チエン映画常設館「朝日館」内男便所内側白壁に鉛筆にて

「戦争は嫌だ、兵士を救え」

との落書あるを発見す。

(内査中)

 

19

新潟県 反戦的言動 長岡市城内町一ノ七八五 薪炭商 岩淵富八(67)

八月七日、長岡市城内町一丁目町内伍長丸山金一郎が皇軍慰問金寄付募集に関する町内委員会に出席方勧誘したる所同人に対し

「自分の家では二人も軍隊に関係があるがもし出征しても市の扶助を受けないし又他人の世話にもならないから出席する必要はない、又弱い者苛めをする様な戦争は好きでないから委員の相談も出る必要はない云々」

反戦的言辞を弄す。

(厳重戒告)

 

20

愛媛県 反軍的言動 西宇和郡川上村大字川名津甲三五八 農兼土木請負業 田中繁一 (40)

八月十六日以後居村木下峯松外数名に対し

「出征兵士も金儲でただではない骨が折れれば金鵄を貰うこれも金だ」

と反軍的言辞を弄したるを以て村内に於ては皇軍を侮辱するものなりとて憤慨し居るもの多し。

(所轄署に於て召還取調中)

 

※周囲の反応がまさに「戦時」である。

 

21

滋賀県 出征兵士の待遇に対する不平 犬上郡西甲良村大字呉竹同大字小川原部落青年の一部

出征官吏の俸給全額支給に対し

「今度の事変では官吏と言わず百姓と言わず国民はどしどし招集されて暴支膺懲に身命を捧げて居るが出征兵士中官吏のみには俸給の全額を支給されて居るらしいが我々農村の出征兵には何の特点があるのか、同じ出征兵士に何で斯様な差別的取扱をなすのか我々はあまりその間の消息は判らぬが独善的な差別待遇ではないか云々」

と不平を洩すもの漸次増加しつつあり。

(厳密取締中)

 

22

広島県 反戦的投書

八月二日蘆品郡府中町長及府中警察署長に宛て発信人不明の左の如き反戦的投書あり(原文の儘)

「出征前涙ながらに書く一出征兵士です私は妻子五人を残して万感胸にせまりながら明朝出征いたします、私は一日九十銭で労働する一人ですが明日より妻子は米代にも困ります官公職に有る人は俸給全部戴けるに反し我々労働者は何の手当もありません何たる不合理な規定によるか私等にも一日九十銭あれば妻子のことは一切心配せずに勇んで出征しますが只々妻子の不便が心残りで戦死しても死に切れません町長様にも御願いしましたが同じ日本国民でありながら何たる差別待遇でしょうか親族より戴いた餞別も子にやり三円持って涙ながら出征致します心中の程」 

(左翼分子の所為に非ずやと認め内査中(内偵するに文面当該事実なし))

 

23

広島県 反戦的投書

八月八日福山連隊区司令官に宛て発信人不明の左の如き反戦的投書あり(原文のまま)

「無鉄砲なる多数の召集は農村を混乱状態に陥らしめる人心恐々として放火鉄道破壊等内乱沙汰に迄及ばんとする有様であります引ては農事に対する不熱心となり怠情となり又出征軍人家族に対する労力の提供による手間不足も影響して農産物の減収となり農村問題迄も引起すと言う様な趨勢となり不良分子に至りては悪宣伝迄成すものがあります。軍部を非難する声を所々に聞く有様なる故召集は全国各地同程度となし特に未教育召集は成可二十四、五歳の元気盛んなる者までに止められ度、首くくり夜逃等もあらわれました右御参考迄に通知傍々御願い申上げます」

(左翼分子の所為に非ずやと認め内査中)

 

24

島根県 反戦的言動 島根県安濃郡鳥井村応召兵 大野新兵衛

応召に當り居村村議木村信七に対し

今回我々を召集したのは村内の同志全部(本人外二名の左翼分子召集さる)が召集され居る点より見て何等かの圧迫を加ふべく特に人数に入れたものとしか思われない飽迄精神的に圧迫する気であるらしい、滅多なことを言えば戦地で銃殺されるかも知れぬから十分言動に注意しようと思っている云々

と相当不安の面持ちにて語りたる模様なり。

 

 

 

1937年7月分 反戦・不敬発言傑作選 6事例

1937年(昭和十二年)

6月、近衛内閣組閣

 7月、「北支事変」勃発

この月より特高月報は庶民の発言を収録し始める…。

尚、この記事では七月分に載った発言全てを収録した。

 

~~~

 

1937年7月分

左翼分子の反戦的策動其他調

 

1

岡山県 反戦的策動 綱島辰吉 (25)

七月十九日自己の営業広告と共に「前略・・・・誰人も平和を希求しないものはないと信じます、第一次世界大戦の悲しむべき惨害は全人類に何を教示しているのでせうか、而してその結果は全勤労大衆に何を与えたでしょうか?・・・・後略」と記載せる印刷物千五百部を作成し、同日約五百部を新聞紙に折込み都窪郡早島町、妹尾町の一部に頒布せり。

(残部を押収すると共に即日本人を検挙し出版法違反として送局す)

 

2

石川県 反戦的策動 金沢一般労働組合常任、社大金沢支部執行委員 布目芳一 外四名

七月十六日夜金沢市尻坂通り野村康雄方に会合し北支事変に関する意見の交換を為したるがその際 

(イ)今度戦争となれば日支間の経済的打撃は非常に大きいものであるから我々無産者は苦しみを受けることを覚悟せねばならぬ。 

(ロ)従って無産者の態度は戦争反対であることは言を俟たない。 

(ハ)戦争になれば我々の生命自由が保障せられないことは余りにも明かであるから我々は主義に殉ずる為の凡有心構へが必要である。 

等と極めて注意を要する言動を為したり

(動向注意中)

 

3

石川県 反軍的言動  石川県立図書館長 中田邦造

七月十日左翼分子の時事懇談会(会員九名出席)において講師として出席し、左の如き反戦的講演を為したり 

上海事変当時日本の陸戦隊は生きている支那民衆をトラックに積んで海に投じた、これを見ていた支那民衆は何時憤慨することなく日本人に配達する郵便物の如きは実に正確なものであったと云うことである、日本人はまず相手を殴って然る後争うと言う様な具合でこれが為支那群衆の反感を受け遂には袋叩きにされることが日本人に対する暴行として伝えられているらしく今や支那民衆の抗日感情は想像以上である云々

(本人に対し厳重に戒告す)

 

 

4

岡山県 反戦的造言 売薬行商 小野義夫 (32)

七月二十一日岡山県小田郡今井村塩飽末野に対し

(イ)最近の支那兵はなかなか強く日本兵が相当殺されている、それに今度の戦争はロシヤ、アメリカ等も支那を援助するから戦争は大きくなるばかりだ。 

(ニ)日本は半年ぐらいの戦争で金は無くなってしまう、大和魂があっても金が無ければ戦争は負ける敗戦になると敵の飛行機が来て爆弾で老人も女も死んでしまう、

(ハ)大蔵大臣は開戦に反対したが、陸軍大臣が十円の税金が二十円になっても搾り取って戦争すると言って遂に開戦となってしまった、

(ニ)戦争の時の決死隊は志願の様に言っているが願出るものは一人も無く皆命令だ爆弾三勇士も命令で死んだのだ云々

反戦的言動を敢てせり

((一)七月二十二日検挙岡山憲兵部隊に引渡す (二)岡山区裁判所の公判に付され八月五日禁固三月(執行猶予三年)の言渡ありたり)

 

※(イ)の次が(ニ)なのは誤植と思われる

 

5

福島県 反戦的策動 

七月二十七日午前九時頃福島県安達郡大山村大字大江字中田地内東北本線鉄道線路傍の草叢に於て軍帽(十一年製、本廠検定、船越福司)と記名せるもの)一個を拾得したるが該帽の汗取革の裏面にペン字にて「我は「コンミュニスト」なり我は凡ゆる兵に向けて排戦を語らむ、凡て我々は資本閥に欺かれ居るものなり、共産主義万歳、我死を覚悟す、我死を恐れず、我八度生きて七度死なむ、国家とは誠に悲しむべきものなり、「インターナショナル」ありてのみ真の平和あり、」との共産主義反戦字句の記載あり

 

6

石川県 反軍的通信 大連市櫻臺一三九満州日報編集長進治妻 島屋みゆき(29)

石川県鹿島郡中島村小学校長北村力に充て「日本軍隊が盧溝橋に於て夜間演習中一兵士が支那将兵の爲単なる負傷を受けたのが今回事変の原因なるがこの位のことにて日本が何故軍隊を出動して戦争をせねばならぬかと大連地方住民は言っている云々」との反軍的通信ありたり。

 

 

「反戦・不敬発言 傑作選」の説明・方針

 

反戦・不敬発言 傑作選」では、特高月報1937年8月分より1944年11月分まで収録されている庶民の発言・行為と、太平出版社編「昭和特高弾圧史5 庶民にたいする弾圧」にて編者がアメリカ公文書館から持ち帰ったと言う1945年の憲兵隊資料に収録されている庶民の発言から、Bot及び当ブログ管理者の独断で選別した発言・行為を紹介していくものである。

 

Botでは略さざるを得なかった発言も原則全文載せるつもりなのでBotを既にご覧の方々にも、始めて見る方にも、差し障り無いと思う。

 

個人的な指針

  1. 読みやすさを優先する。よって旧字や読み仮名の違いは改める可能性がある。Botと同じく、現代に過去の言葉を伝える事を優先するので…。
  2. 注釈を加えることもある。
  3. 特高月報の月次に従い紹介したい。よって発言の実際の日付と一ヶ月ほど差が空くことがある。(過去の発言の発覚など、例外は多々あるが。)
  4. 下品な発言・差別的な発言もそのまま紹介したい。
  5. コメント・感想・意見は随時受け付ける。(ブログ全体への意見は出来ればTop記事に。)

今の所、こんな所だろうか。

発言の主体、「庶民」について…

Botを更新する中、いつかは扱いたいと思っていた事。

それは、不敬・反戦発言の主体である人々とは何だろう?と言う事。

 

Botが主に扱っている不敬・反戦発言は、特高月報の中では主に「不敬・不穏事件並に反戦反軍事件調」と言う小項目で扱われているが、1937年に支那事変が始まった際には「支那事変に対する左翼分子の動静」と言う項目であり、度々扱いが変っている。社会共産・無政府主義に絡めた発言も多いが、全く思想性の無い市井の不満的な発言もここに含まれている(これは戦争末期になるほど多くなる)。特高月報が市民の発言を主体的に集め始めたのは支那事変勃発直後の1937年7月(前年の226事件の際にも流言を集めている)からだが、戦争の勃発に伴い特に市井の市民の反戦発言にも目を光らせることになったのだろう。

特高月報にある発言内容は、特高警察が密告や張り込み等からそのまま捉えた物だ。方言や下品な言葉もそのまま収録されている。天皇制や戦争への反感を感じながら、中国・朝鮮人や被差別部落の人々への差別を平行して行っていた人もいるだろうし、夜中に出征兵士を見送ろうと出てきた女性たちに「夜中に女が出歩くな」と言い放ちそれが反軍言動扱いされた男性の例も出てくる。

当時の、体制への不平・不満を抱えながらもしかし権力や戦争遂行に強く抵抗すると言う訳でも無い、100%加害者よりでは無いがしかし被害・差別について特に意識している訳でも無い、ただちょっとした発言や皇族への幾分下品なゴシップ的興味(皇后のオメコはどうなってるんだ?大正天皇は頭が弱かったんじゃないか?みたいな)の為に捕まった数多くの「庶民」の姿がそこにある。

 

ちょっと期待はずれだろうか?もう少し…「奥崎謙三」的な人々が大勢いる様な状況を想像した人もいるかも知れない。だが、わずかでも「人殺し」である戦争への抵抗の意思を持っていたり、あるいは天皇制のおかしさにも「あいつら、俺たちとあんまり変らないね」とレベルでも思考が出来る人々は、それでも「わずか」だったのだ。大多数の、全くの「臣民」はこの月報には載りもしないのだから。

勿論、主体的に戦争と差別、そして天皇制に抵抗した崇高な市民も更に数は少ないが存在する。

 

1975年に太平出版社より出版された「昭和特高弾圧史 5 庶民に対する弾圧」の巻頭解説では、発言の主体についてこう定義付けている。

(太字管理者)

「 この巻には、特高警察の庶民にたいする弾圧の記録を収録した。記録の中心は、反戦・反軍言動や流言や不敬言動で逮捕されたり投獄された無名の庶民たちにかんする資料である。この『昭和特高弾圧史』(全八巻)は、特高警察の弾圧対象となった四つの階層にかんする記録によって構成した。第一は知識人(共産主義者や自由主義者)、第二は朝鮮人、第三は宗教人、そして第四は庶民にたいするものである。

 第四の庶民にたいする弾圧は、市井の大衆にたいする弾圧である。『庶』という字は、多いという意味と第二次的ないしは低いという意味をふくんでいる。『人民』が支配階級と闘う人びとであり、『臣民』が天皇の命令に服従して死ぬ人びとであるとすれば、『庶民』はそのどちらでもないが、まったくいやいやながらも天皇の命令にしたがったという意味で、臣民大衆に近い存在といえる。

 知識人、宗教人は、天皇が火をつけた侵略戦争にたいして、みずからの思想と信念によって判断し、便乗したり、屈服したり、転向したり、少数の人びとは最後まで闘った。庶民は、そのようなみずからの思想や信念をもたなかった。かれらはいつもだれかに指導される大衆であった。…」

 

 

やや辛めに書かれているが、この見解が正しいように私には思える。

 

庶民の発言を前にして、そのおかしみに笑ったり、わずかながらの抵抗の萌芽を感じ取ったり、更に少数の本格的な抵抗者から学び取ったり、色々と読み方はあるだろうが、発言の主体については心に留めておく必要はあると思う。

たとえ発言者が「臣民大衆に近」かったとしても、この時代の状況、重圧に対して口を開いた人々への敬意や、またその抵抗の萌芽 を汲み取っていくことは出来る。

ましてや、今の時代、(上品・下品さは置いといて)この「庶民」達より更に権力に抵抗出来ない人も多いのではないか…?

 

落書・張り紙と言った形態についても語りたいが、それはまた別の日に。